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はちみついろのプロフィール

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■ニックネーム はちみついろ
■年齢 アラフォー世代
■住んでるところ とある海辺の町
■好きなたべもの カレーライス 


こんにちは。はちみついろです。
アダルトチルドレンとして
子供時代虐待があった
機能不全の家庭で
生き抜いてきました。
私がいまここに生きて耐え抜いて
これたのは音楽の力があったから。
そんな私のセレクトした
本や音楽を紹介します。

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大きな後遺症

自己否定の苦悩の中にいる

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JUGEMテーマ:カウンセリング


母の子育ては祖母のやり方そのままに受け継がれた。

祖母は女で一つで2人の子供を育てた。

母がいうには祖母は母に手を挙げたり、

言葉の暴力をふるったらしい。


たぶん祖母自身、身体にも心にも

余裕がなかったのだろう。

そしてそれは専業主婦で密室で行われた

母の子育てに影響を与え、

エスカレートしていったのである。


祖母は大正生まれで女学校卒、

戦争未亡人で結婚生活はわずか3年足らずだった。

その後、縁あって公務員となり

退職まで勤め上げた職業婦人である。


だから母とは違ってそれなりに人とつき合ってきたし、

孫の私からみても人間関係は円滑だった。

祖母は4兄弟の3番目で姉と兄、妹という兄弟構成、

父親は病院のコックで母親は専業主婦だった。

ごく普通の家庭で女学校の友達といたずらしたり、

遊んだりしたようだった。


ただ祖母の妹が心臓が弱く、

子供時代から結婚は無理だと言われていたため、

母親が将来を考えて大学にやったのは

当時としては珍しかったかもしれない。


そんな祖母は女学校を卒業すると

当時としては普通に行儀見習いと称して

裕福な家の住み込みのお手伝いをしていた。


祖母の姉の奉公先では娘同様にかわいがって

くださったようでしばらくすると

祖母もそこにお世話になることになった。


そこのご主人は旧満鉄の重役で奥様と二人暮らし、

娘さんはお嫁にいっていなかった。

手伝いと言ってもばあやさんがいたので

お嬢さんのような暮らしをしていたそうだ。


そしてある年、親戚の結婚式に花嫁の傘持ちをしていたところ、

夫となる人の母に見初められ、

結婚の運びとなり、専業主婦になった。


夫は生まれたばかりの母をおぶって

出勤前にはたきをかけてくれるような人だったそうだ。

祖母が「私がやりますから」といって止めても

それが嬉しくて仕方がなかったようだと言っていた。


もし、祖父が生きていれば

母もあんな風にはならなかっただろう。

そう考えると母も不憫である。


祖母の夫、はちみついろの祖父は大きな都市の

かなり大きな米問屋の子供として生まれた。

でもまだ小さい時分に父を亡くし、

祖父の母は米問屋を引き払って再婚した。


本来ならば大きな米問屋の若旦那だったのだが

まだ小さくてそのような道しか、

方法がなかったのだろう。


だから小さい頃から事情があって

いろいろな家の飯を食べてきた祖父にとって

自分の家庭を持てたことは

嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのだ。


その少年のようなはしゃぎぶりを想像すると

はちみついろは祖父に会ってみたかったなあと思う。

それからしばらくして祖父は戦争に行くことになる。


「父が戦争に行く駅のプラットホームで

2歳の私は覚えていないけど

「ばいちゃ。ばいちゃ。」と父に手を降ったそうだ。

どんなにか心残りだったでしょうねぇ」

と母が涙ぐんで言っていた。


はちみついろの夫の両親の前でも

これをやって見せたときにはさすがに

義母は嫌な顔をしたが母にとって父の思い出は

人づてに聞いたなかでの記憶でしかない。


だから母は結婚するとき、祖母の写真の箱から

祖父と祖母の結婚の写真と自分を抱いた

祖父の写真をこっそり持ってきたらしい。


そして子供のはちみついろ兄弟に

「私はててなし子じゃないんだから。こうして証拠もある。」

と語気強く言っていた。

たぶん子供時代にそういわれて悔しい思いをしたのだろう。


祖父や祖母の気持ち、母やその弟のたどってきた道を振り返るにつけ、

戦争とは大きな後遺症を遺すのだということを感じずにはいられない。


実際、はちみついろ兄弟もその戦争の後遺症を

この現代で受けているのだ。

戦後何十年たっても世代間連鎖していた。


戦後生まれのはちみついろがいうのも

生意気かもしれないが

戦争はしてはいけないと思う。

このことははちみついろの子供にも

伝えていかなければならないだろう。


七田先生は「母のことを子供にいうべきではない」

といわれたが戦争を語るのはこうしたことを

子供に話す必要があると思う。

それが戦争とはなにかということを

身をもって感じさせることになると

はちみついろは考えています。


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